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元従業員から残業代を請求された! 中小企業の社長が知っておくべき対応の全手順

労務トラブル

~ 実際の案件対応から学ぶ、労基署対応と未払賃金精算の実務 ~


1. ある日突然、労基署から呼び出しが来る

飲食店を経営するA社長のもとに、ある日、労働基準監督署から電話がかかってきました。

「元従業員のB氏から申告がありました。未払いの残業代について確認したいことがありますので、○月○日に出頭してください。」

A社長は困惑しました。B氏は3か月前に自己都合で退職した元アルバイトです。在職中に残業代について何か言われたことは一度もありませんでした。

退職後に残業代を請求されるケースは珍しくありません。

在職中は「言いにくい」「クビになりたくない」という理由で、何も言わない従業員が大半です。退職後に弁護士やインターネットの情報をきっかけに請求に踏み切る、というのがよくあるパターンです。

ここで大切なのは、労基署からの連絡は「あなたが悪い」という通告ではなく、「事実を確認したい」という段階だということです。この段階での対応次第で、結果は大きく変わります。

2. なぜ「うちに限って」が危ないのか

「うちは残業代をちゃんと払っている」「従業員も納得して働いていた」――こう思っている社長ほど、実際には未払いが発生しているケースが多いのが実情です。

よくある「払っているつもり」のパターン
社長の認識 法律上の問題
「月給に残業代を含めて払っている」 基本給と残業代の区別がなく、「固定残業代」の要件を満たさない可能性がある
「本人と口約束で『残業代はなし』と合意した」 労基法37条の割増賃金は強行規定。労働者との合意があっても放棄できない
「タイムカードは押しているから大丈夫」 タイムカードの打刻時間と実労働時間にずれがあれば、打刻時間が基準になる
「残業代の代わりに賞与で多めに払った」 賞与は賞与、残業代は残業代。相殺は原則として認められない(労基法24条・全額払いの原則)

特に中小企業では、就業規則がなかったり、雇用契約書に始業・終業時刻が書かれていなかったりするケースが少なくありません。書面で定めがないこと自体が、労基署の調査で指摘される対象になります。

💡 「固定残業代」を導入しているつもりの方へ

固定残業代が有効と認められるには、金額・時間数の明示、超過分の支払い、求人票との整合性など、複数の要件を満たす必要があります。「基本給に含む」だけでは無効と判断されることが多いのが現実です。

→ 「うちは固定残業代を払っているから大丈夫」が一番危ない ― 中小企業が知るべき5つの落とし穴

3. 未払残業代はいくらになるのか? 計算の仕組み

残業代がいくらになるかは、次の計算式で決まります。

【基礎時給の出し方】

月給 ÷ 月平均所定労働時間 = 基礎時給

【残業代の出し方】

基礎時給 × 割増率 × 残業時間 = 残業代

「月平均所定労働時間」とは、会社が就業規則で決めている1年間の総労働時間を12で割った数字です。一般的には160~175時間程度です。月給に含まれる手当のうち、通勤手当・家族手当・住宅手当などは除外できますが、職務手当・役職手当・資格手当などは基礎時給に含めて計算します。

割増率の一覧
種類 割増率 具体例
法定時間外労働(残業) 25%以上 1日8時間・週40時間を超える労働
法定休日労働 35%以上 週1日の法定休日の労働
深夜労働(22時〜翌5時) 25%以上 夜10時以降の勤務
残業+深夜(重複) 50%以上 残業が深夜に及んだ場合
月60時間超の残業 50%以上 大企業は2010年〜、中小企業は2023年4月〜
金額の目安

【A社長のケース(架空の試算例)】

月給22万円 ÷ 173時間 ≒ 基礎時給1,272円

1日の残業:閉店後の片付け等 約1.5時間 × 25% = 時給1,590円

1か月(22日勤務):1,590円 × 1.5h × 22日 ≒ 約52,500円

1年分(12か月):約63万円 / 3年分:約189万円

時効に注意:請求できる期間は「3年」

2020年4月の法改正で、未払賃金の請求時効が2年から3年に延長されました(当分の間の経過措置)。つまり、今日請求されたら、過去3年分までさかのぼって計算されます。

※金額は架空の試算です。実際の金額は、勤怠記録、給与の内訳、所定労働時間の定め方によって大きく変わります。

4. 労基署への出頭 ― やってはいけない3つのこと

労基署から呼び出しを受けたとき、焦って間違った対応をすると、状況が悪化します。

✕ やってはいけないこと① 感情的に反論する

「あいつは仕事が遅かっただけだ」「業界ではこれが普通だ」などの反論は、監督官の心証を悪くするだけです。労基署が見るのは法律と事実であり、業界慣習は理由になりません。

✕ やってはいけないこと② 記録を確認しないまま「払っている」と言い切る

後から給与明細やタイムカードを確認して、実は未払いがあったとなると、「虚偽の説明をした」と受け取られかねません。確認できていないことは「確認して回答します」と伝えてください。

✕ やってはいけないこと③ 元従業員に直接連絡して取り下げを求める

「請求を取り下げてくれ」「穏便に済ませたい」と直接交渉しようとするのは逆効果です。話がこじれて弁護士が介入し、付加金や遅延損害金を含めた裁判に発展するリスクがあります。

💡 出頭前にやるべきこと

手元にある資料(給与明細、タイムカード、雇用契約書、就業規則、シフト表など)を集め、会社側の事実関係を時系列で整理しておくことが最も大切です。

「経緯報告書」として書面にまとめて持参すると、出頭がスムーズに進みます。詳しくは次の記事で解説しています。

→ 労基署から呼び出された!初回出頭で「経緯報告書」を持参すべき理由と書き方

5. 対応の全手順 ― 6つのステップ

残業代を請求されてから解決するまでの流れを、6つのステップで整理します。

STEP 1

事実を確認する

まずは感情を脇に置いて、「本当に未払いがあるのかどうか」を確認します。タイムカード、給与明細、雇用契約書を突き合わせ、実際の労働時間と支払った賃金のずれを洗い出します。

STEP 2

未払額を計算する

セクション3の計算式を使い、基礎時給・割増率・残業時間から未払額を算出します。計算結果は「未払賃金計算書」として書面にまとめておきます。

STEP 3

会社側の事実を書面にまとめる

1日の業務の流れ、勤怠管理の方法、手当の趣旨、退職の経緯など、会社として把握している事実を時系列で整理します。これが「経緯報告書」です。

STEP 4

労基署に出頭する

計算書と経緯報告書を持参します。監督官に対しては、事実をありのまま説明し、不備があれば素直に認めます。「調べて後日回答します」は使って構いません。

STEP 5

未払額を支払う(自主是正)

計算の結果、未払いがあった場合は速やかに支払います。この段階で自主的に是正すれば、「是正勧告」ではなく「自主是正」として扱われ、行政処分の記録が軽くなります。詳しくは次のセクションで説明します。

STEP 6

再発防止策を実行する

同じことを繰り返さないよう、勤怠管理の見直し、就業規則の整備、給与計算の点検を行います。労基署から求められた場合は「是正報告書」を提出します。

6. 「自主是正」のチャンスを逃さない

労基署の対応には段階があります。段階が進むほど、会社への影響は大きくなります。

段階 内容 会社への影響
自主是正 労基署の助言を受けて、会社が自ら未払賃金を支払い、改善策を講じる 最も軽い。行政処分ではない
是正勧告 監督官が法違反を認定し、書面で是正を求める 「是正勧告書」が交付される。改善し「是正報告書」を提出すれば終了
送検(書類送検) 重大・悪質な違反、是正勧告に従わない場合 検察に送致される。企業名が公表されることもある
💡 自主是正のメリット

自主是正の段階で解決すれば、是正勧告の記録は残りません。公共工事の入札や、取引先からの調査で「労基署から指導を受けたことがありますか」と聞かれたときに、「是正勧告を受けたことはありません」と答えることができます。

初回の出頭で「確認したところ未払いがありましたので、○月○日までにお支払いします」と伝えるのが、最もスムーズな対応です。

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7. 今日からできる再発防止策

一度未払いが発生した会社は、他の従業員からも同じ請求を受けるリスクがあります。同じ問題を繰り返さないために、以下の7項目をチェックしてみてください。

チェック項目 確認
雇用契約書に始業・終業時刻と休憩時間を明記している □
就業規則を作成し、従業員に周知している(10人以上は届出義務) □
タイムカードや勤怠アプリで、出退勤時刻を客観的に記録している □
残業代を毎月正しく計算して支給している(計算根拠を説明できる) □
固定残業代を導入している場合、金額・時間数を書面で明示している □
36協定を締結し、労基署に届け出ている □
給与明細に基本給・残業代・深夜手当等の内訳が記載されている □

チェックが1つでも外れていれば、改善の余地があります。特に「雇用契約書がない」「就業規則がない」という会社は、未払い問題とは別に法令違反として指摘されます。

建設業・設備業の社長は「移動時間」にも注意

会社集合からの移動、社用車の運転、資材の積込み、朝の除雪など、「仕事じゃない」と思っている時間が労働時間になるケースがあります。2024年4月から建設業にも時間外労働の上限規制が適用されています。

→ 建設業の「移動時間」「朝の集合」は労働時間? 未払残業代を請求される前に社長が知っておくべき線引き

8. まとめ ― 早期対応が最大の節約
  • 退職後に残業代を請求されるケースは珍しくない。「在職中に何も言われなかった」は理由にならない
  • 口約束での残業代放棄、相殺、「月給に含む」は法的に無効になりやすい
  • 時効は3年。1日の未払いが少額でも、3年分さかのぼると数十万〜数百万円になる
  • 労基署への出頭では、感情的に反論せず、事実を書面で整理して持参する
  • 「自主是正」の段階で解決すれば、是正勧告の記録は残らない
  • 再発防止は、雇用契約書・就業規則・勤怠記録・給与計算の4点を整備すること

「うちもこうなるのだろうか」と不安を感じた社長は、請求が来る前に対策を打つのが最もコストのかからない方法です。まずはお気軽にご相談ください。

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