雇用契約書がない会社が背負う5つのリスク|助成金の不支給・残業代トラブル・労基署対応すべてに影響します|札幌の社労士が解説
助成金 / 労働条件通知書 / 労基署 / 雇用契約書
労務トラブル・労務管理
~ 「口約束」がいちばん高くつく ~
「アルバイトも含めて全員と契約書なんて交わしたことない」──中小企業の社長からは、こんな声をよく聞きます。
確かに、長い間なんの問題もなく回っていた会社は少なくありません。しかし、次の3つの場面がやってきたとき、「書面がない」ことが致命的な弱点になります。
残業代の計算方法、休日の日数、手当の条件──口約束だけだと「そんな条件は聞いていない」と言われた瞬間、会社側に証拠がありません。退職後に残業代を請求されるケースでは、雇用契約書がない会社ほど不利になります。
キャリアアップ助成金をはじめとする雇用関係の助成金では、審査時に雇用契約書・労働条件通知書の提出が必須です。書面がなければ、申請そのものができません。
さらに審査では、残業代の計算方法や出勤簿との整合性まで細かくチェックされます。書面の不備や法令違反が見つかれば、1人あたり最大80万円の助成金が不支給になることもあるのです。
労働基準監督署の定期監督や申告監督で、最初にチェックされるのが「労働条件の明示」です。書面がなければ、それだけで是正勧告の対象になります。
「まだ大丈夫」ではなく、「いつ来てもおかしくない」と考えておくべきです。
⚠ 残業代の請求+雇用契約書なし=最悪のパターン
残業代を請求された際、「固定残業代に含まれている」「管理職だから対象外」と反論しても、その根拠となる書面がなければ会社の主張は通りません。固定残業代の落とし穴も合わせてご確認ください。

この2つはよく混同されますが、法律上の位置づけがまったく違います。
| 項目 | 雇用契約書 | 労働条件通知書 |
|---|---|---|
| 法的義務 | なし(任意) | あり(労基法15条) |
| 性質 | 会社と従業員の合意を証明する契約書 | 会社から従業員への一方的な通知 |
| 署名・押印 | 双方が署名 | 不要(交付するだけ) |
| ないときの罰則 | なし | 30万円以下の罰金(労基法120条) |
| 助成金申請 | 提出を求められる | 提出を求められる |
雇用契約書がなくても違法ではありません。しかし、労働条件通知書がなければ労基法違反です。どちらもない場合は30万円以下の罰金が科される可能性があります。
実務上は、「雇用契約書 兼 労働条件通知書」として1枚にまとめるのがもっとも効率的です(後述)。
| No. | リスク | 具体的に何が起きるか |
|---|---|---|
| 1 | 30万円以下の罰金 | 労働条件の書面明示義務(労基法15条)に違反。労基署の調査で是正勧告、従わなければ送検の可能性も |
| 2 | 助成金の不支給 | キャリアアップ助成金(正社員化コース)は雇用契約書と就業規則の提出が必須。書面がなければ1人あたり最大80万円を取り損ねる |
| 3 | 残業代・退職金の紛争で不利 | 「基本給に残業代を含む」「退職金は出さない」などの取り決めが立証できない。残業代の計算方法で解説したとおり、3年分で100万円超の差額になることも |
| 4 | 従業員の即時退職 | 労基法15条2項により、明示された条件と実態が違えば従業員は即日退職できる。書面がない場合も同様のリスク |
| 5 | 採用力の低下 | 求人票と実態の乖離が口コミサイトに投稿される時代。書面を出さない会社は「ブラック」認定されやすい |
⚠ 助成金と残業代の”ダブルパンチ”
助成金の審査では、残業代が正しく支払われているかまでチェックされます。書面がないうえに残業代の計算も間違っていれば、助成金は不支給、さらに従業員から未払い分を請求されるという最悪のシナリオになりかねません。
2024年4月に労働基準法施行規則が改正され、労働条件の明示事項が追加されました。以前の書式をそのまま使っている会社は要注意です。
| 追加された明示事項 | 対象 | 内容 |
|---|---|---|
| 就業場所・業務内容の「変更の範囲」 | 全労働者 | 雇入れ時の場所・業務だけでなく、将来の異動や配置転換の範囲も明示が必要 |
| 有期契約の更新上限 | 有期雇用者 | 更新回数や通算年数に上限がある場合、その有無と内容を明示 |
| 無期転換の申込機会・転換後の労働条件 | 無期転換権が発生する有期雇用者 | 無期転換の申込ができる旨と、転換後の労働条件を書面で示す |
パート・契約社員を雇っている会社はほぼすべて影響を受けます。古い書式のまま放置していると、書面を交付しているつもりでも「明示義務違反」になる可能性があります。
特にキャリアアップ助成金を申請する予定がある会社は、雇用契約書の書式が最新の法改正に対応しているか、必ず確認してください。
法律上、明示しなければならない項目は以下のとおりです。①〜⑦は書面での交付が義務(メール・FAXも可)、⑧〜⑭は口頭でもよいとされています。
| No. | 明示事項 | 書面義務 |
|---|---|---|
| ① | 労働契約の期間 | 必須 |
| ② | 有期契約の更新基準(更新上限を含む) | 必須 |
| ③ | 就業場所・業務内容(変更の範囲を含む) | 必須 |
| ④ | 始業・終業時刻、残業の有無、休憩、休日、休暇、交替勤務 | 必須 |
| ⑤ | 賃金の決定・計算・支払方法、締日・支払日 | 必須 |
| ⑥ | 退職に関する事項(解雇の事由を含む) | 必須 |
| ⑦ | 無期転換の申込機会・転換後の労働条件(該当者のみ) | 必須 |
| ⑧ | 昇給に関する事項 | 口頭可 |
| ⑨ | 退職手当の範囲・決定・計算・支払方法・支払時期 | 口頭可 |
| ⑩ | 臨時の賃金・賞与・最低賃金 | 口頭可 |
| ⑪ | 労働者負担の食費・作業用品費 | 口頭可 |
| ⑫ | 安全・衛生 | 口頭可 |
| ⑬ | 職業訓練 | 口頭可 |
| ⑭ | 災害補償・業務外の傷病扶助、表彰・制裁、休職 | 口頭可 |
⚠ 「うちはパートだけだから関係ない」は間違い
パート・アルバイトであっても全く同じ明示義務があります。むしろパートタイム・有期雇用労働法により、正社員との待遇差の説明義務も加わるため、書面整備はより重要です。
実務上もっとも効率的なのは、「雇用契約書 兼 労働条件通知書」として1つの書面にまとめる方法です。これなら法律上の明示義務を満たしつつ、従業員との合意の証拠にもなります。
- タイトルは「雇用契約書(兼 労働条件通知書)」とする
- 前述の①〜⑦の書面必須事項をすべて記載する
- 2024年4月改正の追加事項(就業場所・業務内容の変更の範囲、更新上限、無期転換)を忘れずに入れる
- 最後に「上記の労働条件について、会社と本人は合意しました」の一文を入れ、日付と双方の署名欄を設ける
- 2部作成し、1部は必ず従業員に渡す(会社控えだけでは「交付」にならない)
⑧〜⑭は法律上は口頭明示でもよいのですが、退職手当(⑨)や賞与(⑩)は後から「もらえると思っていた」というトラブルの原因になります。すべて書面に盛り込んでおくことをおすすめします。
厚生労働省のウェブサイトでは、2024年4月改正に対応した労働条件通知書のモデル様式が公開されています。一から作るよりも、このテンプレートをベースに自社用にカスタマイズするのが確実です。
ただし、テンプレートはあくまで「最低限」です。自社の実態に合わない項目をそのまま使ったり、固定残業代の記載方法を間違えたりすると、かえってトラブルの原因になります。不安な場合は、社労士に相談するのが最短ルートです。
以下の7項目をチェックしてみてください。1つでも「□」が残っていれば、書面の整備が必要です。
| チェック項目 | 確認 |
|---|---|
| 全従業員(パート・アルバイト含む)に雇用契約書または労働条件通知書を渡している | □ |
| 2024年4月以降に入社した人の書面に「就業場所・業務内容の変更の範囲」を記載している | □ |
| 有期契約の従業員に更新上限の有無を明示している | □ |
| 固定残業代がある場合、金額・時間数・超過分の支払いを明記している | □ |
| 書面の控えを従業員本人に渡している(会社保管だけではNG) | □ |
| 契約更新のたびに新しい書面を交付している | □ |
| 就業規則と雇用契約書の内容に矛盾がない | □ |

はい、成立しています。雇用契約は口頭の合意だけでも法律上有効です。ただし、書面がないと「何を合意したか」を証明できないため、後からのトラブルに弱くなります。
大丈夫です。2019年4月の法改正により、従業員本人が希望すれば、FAX・メール・SNSなど電子的な方法での交付も認められています。ただし、出力して書面にできるものに限ります。
就業規則の作成義務(労基法89条)は常時10人以上の事業所が対象ですが、労働条件の明示義務(労基法15条)は従業員が1人でも発生します。就業規則がない会社こそ、個別の雇用契約書で条件を明確にしておくことが重要です。
はい、遡って作成することをおすすめします。「今さら出すと不審がられるのでは」と心配される社長もいますが、「法改正に対応して書面を整備することにした」と伝えれば自然です。むしろ、きちんと対応する姿勢が従業員の信頼につながります。
ひな型の作成であれば、数万円〜10万円程度が相場です。ただし、固定残業代の設計や変形労働時間制との整合性チェックが必要な場合は、就業規則の整備とセットで依頼するのが確実です。当事務所では無料相談で現状を確認したうえでお見積りしています。
雇用契約書・労働条件通知書は、「面倒な書類」ではありません。
- 残業代トラブルを未然に防ぐ「守り」
- 助成金を確実に受け取るための「攻め」
- 労基署の調査に堂々と対応できる「備え」
この3つを同時に叶えるのが、きちんと整備された雇用契約書です。
「何から手をつければいいかわからない」「うちの書面が法改正に対応しているか自信がない」という方は、まず現状を確認するところから始めてみませんか。
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